■ チェレヴィチキ主役のラブロマンス。
※登場人物
千木・・・本作の主人公
花防美咲・・・本作のヒロイン
二島・・・図書館司書
アツヲ
鷲鼻の日系ブラジル人
タバコ臭い巨漢の男
Сколько утка ни бодрись, лебедем не быть.
これはロシアの有名な諺だ。意味は「どんなに頑張ったところでアヒルは白鳥になれない」
残酷で、美しい言葉だと私は思う。
私は自分が他人と違う性質を持つ人間であることを、幼少の頃より自覚していた。
こんなエピソードがある。小6の修学旅行の晩、部屋に集まった男子たちが枕投げに興じ、それが一段落すると彼らは好きな女子を口々にカミングアウトしていった。花子ちゃん、小梅ちゃん、お菊ちゃん……。私がその輪に加わらず部屋の隅っこで本を読んでいると、アツヲという男子が私の元に来てこう言った。
「おいチキ。お前もこっち来て言えや。本読んでるフリしてワイらの会話ちゃっかり聞いてんねんやろ」
チキとは私の名である。漢字で書くと千木となる。
ガキ大将のアツヲに逆らうと面倒になことになると判断した私は、彼らに歩み寄りこう口にした。
「ナターシャ」
「ナ、ナターシャって食いもん
か……?」
キョトンとした表情のアツヲたちに私は答える。
「いや、人名さ。ナターシャ・ロストフだよ。トルストイは読んでないのかい?」
その瞬間、部屋が静まり返ったのを覚えている。私としては本心を明かしたつもりなのだが、どうにも彼らにはロシア文学史に燦然と輝く天真爛漫な女性を理解出来ないらしい。
私が白鳥で彼らがアヒルなのは明白だが、それは些細な問題だ。ここで重要なのは互いが全く別の生き物であり、どう頑張ってもその境界線は超えられないということである。美しいではないか。私は彼ら俗人と違う。昔も、そして今も……。
ふと、そんなことを考えながら今日も私は満員の通勤電車に揺られていた。
ガタンッ、ゴトンッ……ガタンッ、ゴトンッ……
どうにも先程から頭が痛い。友人である図書館司書の二島からロシア文学の翻訳を依頼されたのは数日前の事だが、昨晩もその作業に追われていた。だからきっと頭痛の原因は寝不足だ。
私の仕事は下●沢を拠点とするロシア雑貨のバイヤーである。しかし、空いた時間は副業としてロシア語の翻訳を行っていた。肉体的疲労は否めないものの、愛するロシア文学に携わっているのだからこれに勝る満足は無い。
二島からは特に期限を指定されたわけではないが、だからといって先延ばしにするわけにもいかない。昨晩の続きをやるか……。幸い今朝は座席に腰を下ろしている。私がSPLAV製のブリーフケースから書類を取り出そうとした、そのとき
ガタンッ、ゴトンッ...ガタンッ、ゴトンッ
「あっ」
電車が大きく揺れ、私は書類を足元に落としてしまう。
やれやれ、ツイてないな……。拾おうと手を伸ばすと、色白の誰かの手と触れ合った。
「あっ、すみません」
私は咄嗟に謝り、手を引いてしまう。
「ほにぃ……いえ、こちらこそ。はい。どうぞ」
書類が手渡される。私の前に立っていた人が、わざわざ拾ってくれたのだと分かった。
「これはかたじけない。ありがとうございます」
私は礼を言うため顔を上げると、そこには美しい女性が立っていた。女性は私と目を合わせると、どういたしましてというように、にっこり微笑んだ。
ナターシャ・ロストフ……。私の脳裏に、愛する女性の名が浮かんだ。色白の肌、宝石のように輝く瞳、鼻筋の通った知的な表情、そして今しがたの明るい笑顔。彼女は私の思い描くナターシャ像に、少し似ている。
作業するフリをしながら私は彼女の顔をチラチラと伺う。学生ともOLとも判断が付かないが、時間帯から考慮するに彼女も通勤途中なのは間違いないなろう。こんな美女が同じ通勤電車に乗っていたなんて、今まで気付かなかった。
すると彼女の顔が一瞬苦痛に歪んだ。どうしたのだろうか。ふと彼女の隣を見ると……つまり私から見て斜め前なのだが、日系ブラジル人と思しき鷲鼻の男と、体重が優に100kgを越えているであろうタバコ臭い男が身体を密着させ事に及んでいた。この満員電車の中で、なんて破廉恥な……。
私はナターシャにこっそり声を掛ける。
「あの……大変でしょう。良かったら変わりますよ」
「ほにぃ……良いんですか?」
「どうぞどうぞ」
私はそそくさと立ち上がり、彼女に席を譲る。決して、私が立っていたほうが彼女の顔を見下ろす形になり美貌を堪能しやすいからではない。
いや、結果的にそうなろうとも、今はそれどころでは無かった。激しく愛し合う隣の彼らの生暖かい吐息と意味深な規則的振動が、密着している私の身体にダイレクトに伝わり寝不足の身体に響く。これはキツイ。
揺られることそこから20分。ようやく下●沢に到着する。隣のカップルもここで下車のようだ。やれやれ……。彼らに続いて私も降りる。
「ほにぃ」
声を掛けられたので振り返ると、そこにはナターシャが居た。彼女もここが目的地だったのだろうか?
「ほにぃ……先ほどはありがとうございました。私、花坊美咲っていいます。ほにぃ王国っていう下北のカフェで働いてるんで、もし来て頂ければ、そのっ、今日のお礼にコーヒーとかサービスします……。ほにぃ……
カフェオレとかもありますっ」
かーっ……。私は全身が急激に熱を持つのを感じた。
「しょっ、小生は何もっ、大したことはしてござらん!これにて御免っ!」
私は駆け足でその場を立ち去る。
どう対応して良いかわからなかった。女性から誘いを受けるなど、人生で初めてのことだ。しかも単なる女性ではない。ナターシャだ。ナターシャに出逢ってしまった。ええっと、本名は花坊美咲さんだったかな。
「Xорошо!(最高!)」
いつの間にか、頭痛は消えていた。
(続く)
■連載中
チェレヴィチキ主役のラブロマンス『恋い焦がれるマトリョーシカ』
ヘンリク主役の官能小説『蜜壺症候群』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-12224424
仮面舞踏会×泥レス『雄猫たち』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-20222507
■連載予告(年内予定順)
メディシンマン主役のインテリヤクザ物語『極道ってやつに足を突っ込んでみた』
KAGEURA主役のサイコスリラー『復讐するはワイにあり』
セカタビ主役の世界紀行ドキュメンタリー『拝啓、親父へ』
ヘンリク主役の戦隊ヒーロー『サイクリング戦隊ヘンリクレンジャー』
■連載終了
糸魚川主役のミステリー『迷探偵イット』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-18233919
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-19213355
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-20214939
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-21224400
仮面舞踏会×フットボール『ガゼッタ・デロ・オネェ』
※辰巳ノベルズはフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
[ 2017年08月25日 - 21:21 ]
(08/26 - 01:01) はなぼうw
ヘンリク (08/25 - 21:49) 重い重い言われてるこの時期にまさかの新連載(笑)
(08/25 - 21:39) w
(08/25 - 21:27) 良かった打ち切りじゃなかったんだ
メディシンマン (08/25 - 21:24) リバイバル連載きた
(08/25 - 21:23) (笑)