■ チェレヴィチキ主役のラブロマンス


※登場人物

千木・・・本作の主人公。ロシア雑貨のバイヤーをやる傍ら、ロシア語の翻訳も行っている

花防美咲・・・本作のヒロイン。ほにぃ王国というカフェで働いている

二島・・・図書館司書。千木の友人である

蘇氏枝エイスケ・・・花坊と同じ大学に通う学生

腐蘭姐さん




　蘇氏枝エイスケはその日、酷く不機嫌だった。昼間に立ち寄ったスペインバルがバスク風パエーリャを切らしていたことも彼を苛立たせたが、彼の属する研究室の面々が尽く気が利かないことに腹を立てていた。
　エイスケは現役の大学生である。しかし現役とはいっても、二度目の現役だ。社会人を一度経験している。故にエイスケと周りの学生とでは、能力に差異があった。

「連中に足を引っ張られちゃあ、やってらんねぇな」

　エイスケは気晴らしに自販機でコークを購入することにした。日が暮れてきたとはいえ、季節はまだ8月。酷く蒸し暑い。エイスケは150円を投入し、勢い良くボタンを押す。しかし出てきたのは何故かホットのコーンポタージュだった。

「っざけんなよ！つかなんで真夏にホットのコーンポタージュが自販機に入ってんだよ！」

　思わず自販機横のゴミ箱を蹴飛ばした。道行く老婆が驚いて入れ歯を落としたが気にしない。
　公園のベンチに腰を掛け、仕方なくアツアツのコーンポタージュを舌で舐めながらエイスケは気持ちを落ち着けることに集中した。

　年齢と経験値からしてそれは必然だったがエイスケは研究室のリーダー的存在である。そのエイスケから見て、どうにも役立たずな連中とは一線を画す学生が居る。
　花坊美咲……。エイスケの目から見ても彼女は完璧だった。あらゆることをそつなくこなし、エイスケが何か仕事を頼めば翌日には完璧に仕上げてくる。それどころか、不出来で不真面目な研究室仲間のフォローさえ行っていた。何より彼女は美しい。端的に言うと、エイスケは美咲に惚れていた。そして彼女の方も自分に好意を持っているのではないか、という考察材料がエイスケの中にはあった。そう、彼女はエイスケの前で薄着なのである。いや、これでは語弊があるな、とエイスケは首を振った。正確には研究室という空間において彼女はいつも薄着なのである。そしてそれは自分を誘惑する為ではないだろうかというのがエイスケの読みだった。何故なら彼女のように気高く賢い女が、あの揃いも揃って馬鹿揃いの連中に興味を持っているとは思えない。

　しかし、その彼女がここのところ研究室を留守にする頻度が増えてきたのである。彼女が居なければ研究室の作業効率は劇的に落ちるし、何よりエイスケ自身が楽しくない。ある日、エイスケはさり気なく美咲にその理由を訪ねてみた。

「バイトを始めたんです。どこって？ただの飲食店ですよ」

　彼女は微笑みながらそう答えた。エイスケと美咲の関係は少なくとも現時点において単なる研究室仲間の範疇を越えるものでは決して無く、エイスケにはそれ以上プライベートを追及することは躊躇われた。そこでエイスケは彼女を尾行してみることに決心した。とどのつまりストーキングである。若干の後ろめたさはあったが、エイスケとしては美咲には研究室に専念して貰いたいという真っ当な理由もある。そう、例えばそれが如何わしいバイトならば、年長者としてそれを辞めさせることくらいのアドバイスはしても良いハズだ。

「偶然、街で花坊の姿を見かけて声を掛けようと追いかけたらさぁ、どうにも怪しい店へ入っていくからさあ。ああいうバイトは花坊の為にならないよ。いや、ほんと良くないな」

　などと言っておけば、美咲とて不審を抱かないだろう。もちろん美咲か如何わしいバイトに手を出すような馬鹿な女ではないことはエイスケ自身が解っていることだが、ついうっかりスルリと入ってしまったということもあるだろう。念には念を入れるべきだ。
　そう自分を納得させた翌日、エイスケは早速行動を起こした。その日の講義を一通りこなすと、研究室には立ち寄らず美咲の後を追った。もちろんバレてはシャレにならないので、鞄に忍ばせた長髪ウィッグと付け髭とサングラスをトイレで装着した。

　美咲を追跡中、全速力で疾走する裸体の男がエイスケの視界に飛び込んできて虚を衝かれたが気にしていられない。（http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-08-23175408）

　30分ほど美咲をストーキングしたところで、彼女は立ち止まり颯爽と店に入っていった。エイスケは店名を確認する為看板に目をやると「ほにぃ王国」と書いてあった。なるほど、如何わしくはないが、胡散臭くはあるとエイスケは直感を持った。しかし入ってみると何のことない、ただのメイド喫茶だった。子供っぽいファンシーな内装に、安っぽい衣装を身に着け安っぽい笑顔を振りまく女たち。エイスケはこの類の店が大嫌いだった。
　すると、えらく年増の半魚人のような不細工がオーダーを取りに来るや否や、妙な挨拶をかましてきたのでエイスケはドスを利かせた声でこう口にした。

「あっ、そういうの良いんで。コーヒー持って来てくれます？その後は二度と近寄らないで」

　半魚人を追い払うと、店内の女たちを一人ひとり入念に値踏みする。揃いも揃ってブスばかりだな、とエイスケは思った。その中に異彩を放つ美人を一人発見した。言わずもがな、それは美咲だった。安っぽい衣装でさえ美咲が着れば本物のメイド服のように錯覚する。美しい。エイスケは生唾を飲み込んだ。

　半魚人がガクガクと震えながら持ってきた不味いコーヒーをチビチビ飲みつつ、2時間ほど美咲を視姦していると二人の男がエイスケの隣のテーブルに腰掛けた。
　片方は地味な服装に身を包んだ堅物そうな男だが、もう片方はリア充っぽい男だ。しかしどちらもスーツでは無いからサラリーマンじゃない。かといってこの落ち着きっぷりは学生でもないな。エイスケはそう観察した。嫌な予感がする、と思った。
　果たしてその予感は的中する。リア充臭する男が立ち上がっておもむろに店内の奥へ消えるや否や、美咲を引き連れて戻ってきた。当惑したエイスケは思わずコーヒーを零してしまったが、半魚人が慌ててお絞りを持ってきたので事なきを得た。
　気を取り直し、エイスケは彼らの会話に耳を澄ませる。なんとなく状況は読めてきた。どうやらリア充ではなく、この堅物が美咲に興味があるらしい。身の程知らずめ。しかしエイスケの見立てでは、このリア充もまんざらという感じでも無い。つまるところどちらも美咲にデレデレだった。
　エイスケは唇を噛んだ。社会人ともあろう男二人がメイド喫茶に押しかけ大学生を口説くなど、常軌を逸している。恥を知れ。美咲は俺の獲物だ。俺と付き合うように運命は定められている。手出しは許さない。

「ほにぃ……今週末、良かったら飲みに行きませんか？」

　そのとき、聞き捨てならない言葉が美咲の口から発せられた。堅物の男は一通りモジモジした後、要領を得ないことを口にしていたが兎にも角にも飲みに行くことに決まったらしい。美咲も美咲だ。まるでその男たちに気があるみたいじゃないか。エイスケは頭を抱えた。美咲とは研究室の仲間含めて数回飲みに行ったことがあるが、美咲は酒が弱い。酔った勢いでホテルへしけ込む、なんてこともあり得るかもしれない。なんてこった……。

　そして、今日である。今夜がその飲み会だった。研究室の面々に対する怒りなど、結局はエイスケの八つ当たりでしか無い。

「さて、どうしたものか」

　このまま家へ帰宅したところで悶々とした気持ちを抱えながら、長い夜を過ごさねばならならいだろう。

「フン、行ってみるか」

　とっくに冷めた半分ほど残ったコーンポタージュを一気に飲み干し、エイスケは立ち上がる。今夜は満月か。エイスケは夜空を見上げ深呼吸をした後、店の方へと歩き出した。


（続く）



■連載中

チェレヴィチキ主役のラブロマンス『恋い焦がれるマトリョーシカ』

ヘンリク主役の官能小説『蜜壺症候群』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-12224424

仮面舞踏会×泥レス『雄猫たち』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-20222507

■連載予告（年内予定順）

メディシンマン主役のインテリヤクザ物語『極道ってやつに足を突っ込んでみた』

KAGEURA主役のサイコスリラー『復讐するはワイにあり』

セカタビ主役の世界紀行ドキュメンタリー『拝啓、親父へ』

ヘンリク主役の戦隊ヒーロー『サイクリング戦隊ヘンリクレンジャー』


■連載終了

糸魚川主役のミステリー『迷探偵イット』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-18233919
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-19213355
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-20214939
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-21224400

仮面舞踏会×フットボール『ガゼッタ・デロ・オネェ』


※辰巳ノベルズはフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。