■ 世界最高峰レベルのサッカーリーグであるイングランド・プレミアリーグ。2015〜2016年シーズン、岡崎慎司選手が所属するレスター・シティFCが周囲の予想を覆して優勝するという快進撃を起こしたことは記憶に新しい。多くの強豪チームを打ち破って優勝へと導いたその裏側には、パフォーマンスアナリストによるデータとテクノロジーの活用があった。
「スポーツアナリティクスジャパン2017(以下、SAJ2017)」(主催:一般社団法人日本スポーツアナリスト協会、2017年12月2日)では、「英プレミアリーグを制したアナリティクス〜レスター・シティFCのパフォーマンスアナリストの取り組み〜」と題するセッションが開かれた。
ゲストに招かれたのは、レスター・シティFCでパフォーマンスアナリストおよびスポーツサイエンティストのヘッドを務めるPaul Balsom氏。コーディネーターはオーストラリアCATAPULT社 ビジネス開発マネージャーの斎藤兼氏である。
・選手は“脳”でプレーしている
スポーツサイエンスとサッカーの関わりについて、Paul Balsom氏はこう話す。
「スポーツサイエンティストとして、よく“道具箱”の話をしますが、この仕事を始めた当初はほとんど物が入っていない状況でした。しかし、現在であればGPS(全地球測位システム)などさまざまなツールが入っています。それらのツールは選手のパフォーマンスを高めること、怪我のリスクを下げることなどに活用しています」
「GPSのトラッキングシステムを使えば各選手の全ステップなどを計測したり、心拍計で試合中・トレーニング中の鼓動をトラックできます。これを換算すると、1週間に6000万ほどのデータポイントを取得できます。これは私にとってビッグデータですが、もちろんデータが試合に勝たせてくれるものではありません。そのデータを使って“何をするか”が重要です」(同)
選手は1試合で1000回以上、何らかの判断をしている上に、社会的なストレスにもさらされているという。メンタル面での疲労は判断を鈍らせる。
Balsom氏はこう言う。「最近よく言われているのは、選手は足よりも“脳”でプレーしているということ。細かな指示を受け、数メートル・数センチメートル単位での判断が求められます。試合中、選手はさほど多くは走りません。時には定位置にいて、何もしないことがベストな選択になるかもしれない。きちんと組織が成り立っていれば、相手よりも少ない走行距離でも勝つことができます。選手たちの判断力を向上させるための方法についても、注目しないといけなくなっています」
・40%以上の怪我は回避可能
スポーツ選手にとって怪我は、選手生命をも左右する。トラッキングと負荷管理によって、怪我のリスクを確実に減らせるという。
「これは今回のキーメッセージですが、日本ではよく“お金がないから投資ができない”“システムを導入できない”というような話が出ます。しかし、例えば米国のMLBであれば、年間およそ7億ドルも怪我をした選手に使われている。そして、この怪我の約40%は回避できると言われています」(Balsom氏)
同様に、MLB以外の米4大スポーツでは、NFLで年間およそ4.5億ドル、NBAで3.5億ドル、そしてプレミアリーグでは3億ドルが怪我をした選手に使われている。
「レスターが優勝したシーズンには、リーグ全体で最も怪我数が少なかった。最近では怪我が少ないと勝利数が多いという相関関係も見えてきています」(同氏)
選手への負荷は、高すぎても低すぎても怪我につながる。レスター・シティでのトラッキングテクノロジーの活用について、Balsom氏はこう話す。
「スタッフとして一番重要なことは、試合やトレーニングで負荷をコントロールすることです。負荷を測定し、モニタリグしてコントロールする。プレイヤートラッキングのツールによってそれが可能になります」(同)
「また、こういったシステムを使うことによって、試合とトレーニング中の負荷を比較することができます。昔だったら感覚でやっていたことが多いのですが、システムを導入することで可視化できるようになりました」(同)
「レスターの例でいうと、試合の3日前には負荷をかけなかった。それによって怪我を減らすことができました。一方、負荷が安定していたのに対し、急激に負荷をかけたことで2人の選手が大きな怪我をした、という悪い事例もあります」(同)
・テクノロジーへの投資は“賢い投資”か?
「テクノロジーやシステムにお金をかけることもできますが、結局は“人”が重要です。その人がどのようにシステムを使うのか。そこに関していうと、選手はもちろんですが、スタッフにかけるお金も非常に重要になってきています」(Balsom氏)
レスターではプレイングスタッフ、コーチングスタッフなど、多くのスタッフが在籍している。さらに働いている年数が長いスタッフが多いのが特徴で、なかには20年近く勤めているベテランスタッフもいる。同じ過程を長い間、一緒に過ごしたことも優勝へ導いた要因だという。
「もちろん、一番重要なのは選手です。なので、私たちは選手としっかりコミュニケーションを取れるプロセスを作りました。今はアプリなどさまざまなサービスがありますが、研究で言われているのが、選手と直接コミュニケーションを取ることで正確な情報をインプットできる、ということです。テクノロジーと人のバランスが重要で、必ずしもテクノロジーが全てではありません。結局は“人間が判断するもの”だということを忘れないようにしています」(同)
「サッカーに関して、科学的なサポートが“賢い投資”と言えるかと質問されたら、私は『Yes』と答えます。テクノロジーは負荷を測ってくれるもので、それを管理・コントロールするのは人間です。それによって怪我は削減できますし、人とテクノロジーを融合することによって、パフォーマンスを高めることもできます。こういったことから、コストではなく投資と言えるのではないでしょうか」(同)
価値のある投資を行うためには、使う側がテクノロジーの本質を見い出すことが重要だ。進化の著しい現代だからこそ、テクノロジーとの付き合い方を深く考えるべきだと言えるだろう。
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/110200006/121900104/
[ 2018年01月09日 - 18:52 ]